恐るべき親權
中谷宇吉郎
昨年歸國する時に、上の娘二人を、大學の寄宿舍に入れて來た。
アメリカでは、子供が二十一歳以上になると、親は學資の心配をしないというのが、社會通念になっている。皆奬學金をもらうか、アルバイトをして、自力で大學へ通う。大學生の九割以上は、そういう學生である。もっとも少しは親からも貰うが、それは「お小遣を貰う」という感じである。
ところで歸って暫くしたら、寄宿舍から手紙が來た。あけてみたら、娘一人一人について、舍監からの問合せの手紙で、ちゃんとした印刷の書類になっている。
問合せの第一項は、貴方の子供には、大學で決めている門限を適用していいか、というのである。それでよかったら、其處にマークをしてやれば、それですんでしまう。次に、もし不賛成だったら、次のどの時刻を選ぶかという質問がある。週日何時まで、週末何時までとして、その何時に、夜八時から十二時過ぎまで、いろいろな時間が書いてある。親は適當と思う時間のところへ、マークをしてやる。
それで友だち同士で、パーティーにでも行こうという時に「貴方は大學の規則どおり十一時までよろしい。しかし貴方は、親から八時までと言って來ているから、行ってはいけません」というような場合も起り得るわけである。
第二問は、乘り物についてである。貴方の子供は、本人の希望するすべての乘り物にのせていいか、という欄がまずある。其處にマークをつけてやれば、何も問題はない。次に、もしそうでなかったら、次の乘り物のうちどれに乘せてはいけないかという欄があって、飛行機、自動車、バス、オートバイク、モーター・ボートなど、たくさんの乘り物の名前が竝べてある。そのうち親は、乘せたくないものにマークをしてやる。すると、その子供は親が拒否した乘り物には乘れないことになる。
三日つづきの休日などに、皆で小旅行をしようと思っても「このプランの中にモーター・ボートがあるから貴方は行ってはいけません」というようなことも、有り得るわけである。
これが大學生の場合であるから、全く驚いた話である。日本で、もし大學へ行っている連中に、こういうことを言ったら、非民主的だ、封建的だ、と大騷ぎになることであろう。しかし世界には、アメリカのような「非民主的」な國もあることは、承知しておく必要がある。
子供が二十一歳以上になると、親は學資の心配はしない。しかしこういう「干渉」はする。まことに恐るべき親權である。
アメリカの風習の、こういうところは、なかなか日本へは傳わらないようである。
底本:「百日物語」文藝春秋新社
1956(昭和31)年5月20日発行
入力:砂場清隆
校正:木下聡
2025年8月31日作成
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