壁と重石と

中野鈴子




山裾を走る電車の窓からみた
紋入りに染め上げたおおいをかけ
ふたつの車に積みあげた嫁入り道具が
いま村の端を出かかったところを
春はやいくもり日が暮れかけていた

荷物は運ばれるのだ
うすぐらい物置き倉
古ぼけた姑の箪笥たんすと並ぶために
生まれた家と親とが
この荷物を背負わせ
娘を押し出す
娘は のろのろと家を出てゆく

荷物と娘と一束にして計量にかけ
むすめのいのちに手づけが打たれてしまった

荷物の中につめ込まれている
下落するヤミ米
税金の のこりの金で
買いあつめ 手に入れた
チリメンの 人絹の紋つき はおり

そして 積み込まれている
壁と 重石と カビの生えた昔がたり
目をつぶし ヒザをへし折る壁と 重石と 昔がたりと





底本:「中野鈴子全詩集」フェニックス出版
   1980(昭和55)年4月30日初版発行
底本の親本:「中野鈴子全著作集 第一巻」ゆきのした文学会
   1964(昭和39)年7月10日発行
※底本のテキストは、著者自筆稿によります。
入力:津村田悟
校正:かな とよみ
2025年8月3日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。




●表記について


●図書カード