年齢について

山本周五郎




 ちかごろ、批評家やまわりの友人たちが、しきりに私の年齢のことをあげつらう。私自身はとしのことなど考えたためしはない。およそ三十歳のころから、つねに十歳以上も老けてみえたらしく、特に女性たちはいつも、私の本当の年齢よりは十歳は多く「見当」をつけるのであった。数年まえのことだが、越前の山中温泉へ取材旅行にいったとき、優雅なる女性の一人が私のことを「七十三か四でしょう」と見当をつけた。次ぎに粟津でその話しをしたところ、やはり優雅なる女性の一人が、「それはあんまりお可哀そうよ、どう見たって六十七か八だわ」と云った。有難う、たいへん有難う、と私は答えた。私はいま自分が何歳であるかを知らない、また知りたいとも思わない。人が七十歳だと云うなら七十歳、六十歳だと云ったら六十歳、それでなんのさしつかえもないのである。
「小説新潮」(昭和四十年三月)





底本:「暗がりの弁当」河出文庫、河出書房新社
   2018(平成30)年6月20日初版発行
底本の親本:「雨のみちのく・独居のたのしみ」新潮文庫、新潮社
   1984(昭和59)年12月20日発行
初出:「小説新潮」
   1965(昭和40)年3月
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校正:noriko saito
2025年6月1日作成
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