ちかごろ、批評家やまわりの友人たちが、しきりに私の年齢のことをあげつらう。私自身はとしのことなど考えたためしはない。およそ三十歳のころから、つねに十歳以上も老けてみえたらしく、特に女性たちはいつも、私の本当の年齢よりは十歳は多く「見当」をつけるのであった。数年まえのことだが、越前の山中温泉へ取材旅行にいったとき、優雅なる女性の一人が私のことを「七十三か四でしょう」と見当をつけた。次ぎに粟津でその話しをしたところ、やはり優雅なる女性の一人が、「それはあんまりお可哀そうよ、どう見たって六十七か八だわ」と云った。有難う、たいへん有難う、と私は答えた。私はいま自分が何歳であるかを知らない、また知りたいとも思わない。人が七十歳だと云うなら七十歳、六十歳だと云ったら六十歳、それでなんのさしつかえもないのである。
「小説新潮」(昭和四十年三月)